「好きや」
「…………は?」

目の前の熊は今何と言っただろうか。
好き?誰が、何を。
辺りを見渡しても先輩は良太郎とハナさんと一緒にイマジン探し、リュウタはナオミちゃんにくっついて食料庫へ行ったきり戻っていない。つまり、現在食堂車には僕とキンちゃんしかいないわけで。

「もう一回言おか?俺は、お前が、好きや」

ご丁寧に文を区切って繰り返された言葉を理解するのに数瞬かかってしまった。
君が、僕を、好き?

(冗談じゃない)

思わずそう思ってしまったのも仕方ないと思わない?
男同士だから、なんてことは言わないが今までそんな素振り一度も見せなかったじゃないか。

「……なんで」
「なんでもくそも、好きなもんは好きなんやからしゃあないやろ」
「それは……そう、だけど」

よくよく考えれば随分と自分勝手な主張を、あまりにも堂々と言われたものだからつい認めてしまった。

「別に今すぐ捕って食おうなんて思っとらんから安心しい」
「捕って、て……!」

苦笑ながらに言われた言葉の意味を正しく理解してしまい、カァッと体が熱くなる。
そんな僕を面白そうに――それでいてとても愛しそうに――見る彼の表情にもまた体温が上がるのがわかった。きっと今の僕は先輩の瞳よりも真っ赤になっているに違いない。

「けどな、」

不意に低くなったトーンにぴくりと反応すればニヤリ、とあまり宜しくない類いの笑みを浮かべた彼がこちらへ身を乗り出していた。
咄嗟に身を退こうとするが椅子に座っているため、背もたれが邪魔をする。……逃げられない。

「いつか絶対、俺んこと好きにさせたるから、」

覚悟しとき?

耳元でそう囁いた後、寝台車に続く扉へと向かう彼を半ば呆然と見送る。


「なにそれ……卑怯だよ」

早鐘を打つ心臓も、治まらない顔の熱も。
――嗚呼、これではまるで彼のことを。

「……こういうの、キャラじゃないに」

微かに形を成す感情に、今はまだ気付かない振りをする。

「みんな、早く戻って来ないかなぁ……」

誤魔化すように呟いた声は規則的な走行音に溶けて消えた。



オーストリッチ【逃避する人】




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