何故。

先程からこの言葉ばかりが頭の中を駆け巡っている。
此処が真選組の屯所にある自分の部屋だということは間違いない。調度品も見慣れたものばかりだし、机の上にある愛用のマヨ型ライターや煙草は確かに自分の物だ。
ならばやはり何故、万事屋――坂田銀時が寝息をたてて転がっているのだろうか。


疑問は尽きないが、いつまでも廊下で立ち尽くしているわけにもいかないと部屋の中へ入る。とりあえず、というよりも半ば癖のように煙草のケースへと手を伸ばすと一本取り出し火を点す。
深く吸い込んだところで不意に生まれた悪戯心。大口を開けた間抜け面に向かって白灰色の煙を吹きかけてやる。

にもかかわらず起きない。多少眉をしかめたものの未だ安らかな寝息を立てている。白夜叉とも呼ばれた者がこんなことでいいのだろうか、と不安になるが……まあ自分には関係のないことだ。
そこまでをつらつらと考えながらなんとなしに銀時の輪郭、顔のパーツを目でなぞる。ほんの少しだけ西に傾いた太陽の光を銀糸が反射しキラキラと光っていた。

(あ……睫毛も銀色)

銀髪が地毛だということは何度か聞いていたが、今までこうしてまじまじと観察する機会はなかった。
見慣れた相手の見慣れぬ部分に好奇心のようなものが疼く。

「そのままキスでもしてくれたら銀さん嬉しいんだけど?」

からかい混じりに降ってきた台詞に思いの外ぼんやりとしていたことに気付く。焦点を目の前に合わせると、ニヤニヤといやらしい――全く腹の立つ――顔で銀時が笑っていた。

「……起きてたのか」
「ついさっきな。てか、え、さっきのスルー?」
「それよりお前なんでここにいるんだ」
「いやァ、ついに電気止められてよー。家が寒」
「帰れ」

溜め息を吐き出しながら上体を起こし先程からの疑問をぶつければ、いけしゃあしゃあと宣ったまるで駄目な大人に障子戸を指差し短く告げる。
「つれねぇなァ」などとぼやいているが案外すんなりと帰ってくれるらしい。珍しい、とは思うが長く居座られても困る(既に居座られたようなものだが)。

「っと、土方」

忘れていた、という風に名を呼ばれ顔を上げると。

「っ、」
「じゃあなー」

ヒラヒラと手を振られ、それに合わせて遠のいていく銀を呆然と見送る。(微かに「多串くんのキスゲット〜」という声が聴こえた)

「……自分からしてんじゃねぇか」

変に顔が熱いのはきっと、長く西陽に当たっていたせいだ。




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